新たな分析手法で科学研究に新しい道を示すこと、これがスイスの企業であるTOFWERKが掲げるゴールです。TOFWERKのエンジニアはこの目標を達成すべく、1秒間に最大10万の完全なマススペクトルを記録することができる高性能質量分析計の開発、製造、最適化を行っています。この質量分析計を使えば、大気中の移動式モニタリングやアルコール飲料の香りの分析など、幅広い研究分野における詳細なトラッキングや分析プロセスの超高速化が可能になります。

現在の気候に関する議論に鑑みると、前者の重要性はますます高まっています。私たちを取り巻く大気中には多様な揮発性有機化合物(VOC)が混在しており、なかには、ガソリンなどに含まれ、自動車から大量に排出される引火性の高いトルエンなど、ある濃度以上になると健康に被害を与えるものもあります(トルエンの場合、神経系への障害などを引き起こす恐れがあります)。

そのため、大気中のVOC組成を正確に把握できる、簡便な移動式VOC測定法が早急に必要とされています。例えば、自治体はVOC測定器を搭載した車両を使用して、さまざまな場所の空気を日常的に分析し、VOC規制値を超えた場合にはすぐに警報を鳴らすことができます。小型で低消費電力、高速動作が可能なTOFWERKの高精度イオンモビリティ質量分析計は、こうした移動式VOC測定に最適な装置です。

TOFWERKという社名にもはっきりと表れていますが、このような質量分析計は正確には飛行時間型質量分析計と呼ばれ、略してTOF分析計とも呼ばれています。TOF質量分析法では、一般的に、イオンの質量電荷比を測定します。そのため、測定対象のイオンを電場中で加速し、吸収された運動エネルギーからイオンの質量電荷比を求めます。つまり、個々の原子や低分子の重さを確実に計算することができるのです。

しかし、FIB-SIMSと呼ばれる別のアプリケーション分野でも実証されていますが、TOFWERKの分析計が実現できるのはこれだけではありません。FIB TOF分析計のプロダクトマネージャーであるLex Pillatschは、そのプロセスを次のように説明しています。「FIB-SIMSは表面物理学の手法であり、例えば、材料表面の化学組成を分析したり、薄膜コーティングやナノ構造における汚染を検出したりするために用いられます。この目的のため、当社のTOF質量分析計は集束イオンビーム(FIB)顕微鏡が一体となっており、その高エネルギーの一次イオンビームが試料表面から原子をはじき出します。当社が開発した二次イオン質量分析法(SIMS)を用いれば、抽出した原子の質量から試料上の発生位置にいたるまで、試料表面の化学組成を高い精度で分析することができるのです」。

FIB-SIMSプロセスを実現するためにTOFWERKが開発したハイテク装置は、半導体産業から高い空間分解能が求められるライフサイエンス分野まで、幅広いアプリケーションで利用することができます。Lex Pillatschは、「FIB TOF分析計の開発にあたっては、ZEISS、TECAN、サーモフィッシャーの有名顕微鏡メーカー3社と密接に協力してきましたので、当社製品は既存のすべてのFIB顕微鏡に対応しています」と話します。

しかし、FIB顕微鏡のフランジ取り付けで、TOFWERKの開発者は真空関連の問題に直面しました。TOF分析計は常に真空状態にする必要があるのですが、顕微鏡チャンバーは、新しいサンプルを挿入する際などに定期的に開放されてしまいます。「顕微鏡とTOF分析計間のデリケートなインターフェース、すなわちイオンビーム光学系の中央部には、既存の分析計の真空を確実に維持しながら、顕微鏡周辺の換気と再排気ができる、優れた真空バルブソリューションが必要でした」と、VATに依頼した技術問題について、Lex PillatschはTOFWERKの同僚とともに説明します。

生じている圧力(質量分析計側では最大 10-7 mbar、顕微鏡側では使用する FIB 顕微鏡の設計とアウトガスによって 10-6 mbar の低圧域)から、VAT 01.0 シリーズの小型 UHV スライドバルブが、バルブソリューションのベースとして適切であることがすぐに明らかになりました。「特殊なMONOVATシール技術により、このバルブのリーク率は最大10-9mbarの範囲にあり、十分なバッファーを確保できます」と、このプロジェクトを担当したVATセールスマネージャーのAndreas Dostmannは、選定理由を説明します。

しかし、本当に大変だったのはここからです。イオンビームの集束は非常に複雑であるため、バルブをイオンビーム光学系の2枚のレンズの間に正確に配置する必要があるのですが、この2枚のレンズの隙間はわずか5mmしかありません。また、イオンビームの通過領域が数ミリしかないにもかかわらず、約2センチ幅のレンズには最低でも40ミリ以上のバルブ径が必要であることも判明しました。「通常、DN40のバルブは、フランジを含めた通路部分の幅が5センチメートルです。にもかかわらず、TOFWERKは同じディスク径で幅が10分の1しかないソリューションを求めていたのです!」と、Andreas Dostmannはこのときのジレンマを分かりやすく説明します。

幸いなことに、VATの幅広い取扱製品は、高いモジュール性を意識して設計されており、すべての製品が顧客のあらゆる要求に柔軟に対応できるようになっています。Andreas Dostmannは、TOFWERKを目標まで導いた個々のソリューションについて、次のように説明します。「ミニUHVゲートバルブから、バルブインサート(ディスクの駆動およびクロージング機構)を使い、クロージングディスクシートをチャンバーに組み込むようにして、プロセスチャンバーと一体化させます。このように、バルブ機能をチャンバーに直接組み込むことで、バルブハウジングやフランジが不要になり、合理的なソリューションが実現します」。

VATではこのような統合ソリューション(バルブ機能+チャンバー)をそのまま販売する場合もありますが、このプロジェクトでは、チャンバーにぴったり合うバルブシート形状を作り出す方法を、TOFWERKに提供することとなりました。これを実現するのが、VATが開発し、1.0シリーズに採用されているMONOVATシーリング技術です。

その結果に驚かされたというLex Pillatschは、「VATのバルブインサートは、2013年のプロジェクト開始以来、常に信頼性の高い性能を発揮しています。チャンバーと一体化したバルブシートがこれほど素晴らしくしっかりとホールドされるのは、開発段階でアドバイスやサポートをしてくれたVATの同僚のおかげでもあります!」と話します。 例えば、ヘッドフランジのスタティックシールは通常エラストマーOリングを使用して付けますが、代わりに特殊なVATSEALシール、つまりハードオンハードシールのメタルシールを使用するというアドバイスがありました。

Andreas Dostmannは、「このアプリケーションでは、エラストマーは透過性が高すぎるため、真空ポンプを常設しないと必要な圧力を維持することができません」と話し、「一方、VATSEALソリューションは、最低10-13 mbarまでの圧力に対応できるため、絶対的な安心感があります!」と説明します。

Lex PillatschとTOFWERKの同僚たちにとって、セルフロック式のバルブを使用するという点も非常に重要でした。これはつまり、電気と空圧の両方に障害が発生した場合でも、選択したバルブ位置(例えば、閉位置)を維持できるということです。Lex Pillatschは開発時の話し合いを振り返り、「万一のとき、お客様が顕微鏡の換気をした途端に突然バルブが開いてしまうなんてことは考えられませんでした!」と話します。

Lex Pillatschは、全般にわたるVATとの素晴らしい経験について、次のように話します。「VATとの協力関係は、常に建設的で充実したものでした。VATのバルブは、信頼性が高く、品質も素晴らしいものでした」。現在さらなる共同プロジェクトが計画中、または技術的な完成を迎えようとしています。